偉業を成し遂げるためには当たり前を積み重ねることなのだ。

偉業を成し遂げるためには当たり前を積み重ねることなのだ。大横綱千代の富士の言葉は、我々一般人の胸にも響くものでがある


投稿者:momiji 投稿日時:2016年08月14日 スポーツナビ+

すでに、夏場所も終わり世の中はリオオリンピックに湧いている。
私自身、リオオリンピックの多くの競技をTV観戦し、ネットでも多くのスポーツ記事を読んでいるのだが、
読み漁った記事の中で、先日逝去された昭和を代表する大横綱千代の富士の記事が目に止まった。

皆さんは、8月4日にwebスポルティーバ に掲載された、
千代の富士からの伝言「なぜ出稽古で強い力士の胸を借りないのか」
という記事をご覧になっただろうか?
千代の富士が如何にして、大横綱たり得る強さを手に入れたかに焦点を当てた素晴らしい記事だった。

要約すると、千代の富士は、弱い自分に打ち克つには稽古しか方法がなく、本場所で自分を倒した強い相手と出稽古に行って戦い自分を磨くことこそ強くなるために必要な事であると考えており、
そして、なぜ強くなるために必要な当たり前のことができないのか?という疑問を横綱になり得る素地を持ちながら、たびたび白鵬関に敗れもう一皮剥け切れない稀勢の里関に向けての叱咤に変えて記事は結ばれている。
稀勢の里関への厳しい言葉は、白鵬関の1極時代を許してしまっている現役力士全てに向けての言葉であるが、とくに稀勢の里関にはそれこそ大関に上がった頃から出稽古を行い強い相手と稽古することを勧めている。弱さを克服してほしいという願いが込められているのだろう。

腰高で不安定な下半身。横綱相手になかなか勝てない勝負弱さ。これらは、何年も前から指摘され続けている稀勢の里関の弱点だ。
誰にも負けたくない、勝ち続けたいと本気で望むのならば、これらのウィークポイントはそれこそなんとしてでも修正すべき点であるのだが、いまだに修正できていないところを見ると物足りなさを感じてしまう。
横綱千代の富士は、脱臼癖を直すために1日500回の腕立て伏せとウェイトトレーニングを敢行し、前述した記事にも触れられていたように苦手力士を克服するために出稽古を行い猛練習を積んだという。
地道で嫌になるような反復と痛みを伴う作業であるが、強くなるために絶対に必要なことと考え耐え抜いたのだ。
勝利への渇望の違い。
この点が、稀勢の里関に限らず横綱になりきれない大勢の力士と大横綱とを決定的に分ける差なのだろう。

千代の富士とて初めから順風満帆の相撲人生ではなかった。小さい身体に脱臼癖。むしろ相撲取りとして弱点となるハンディキャップを持っていた。1有望力士のままで終わってしまう可能性もあったのだ。
しかし、自分を省みて一つ一つ地道に努力することで己に打ち克ち、その結果多くの素晴らしい記録を打ち立てたのだ。
まさに、1青年であった秋元貢氏が当たり前を積み重ねることで不世出の横綱千代の富士となり得たのである。
千代の富士の生き方や言葉は、当たり前を積み上げることが、人間を偉業と呼べる業績を生むほどの位置まで連れて行くのだということを我々に教えてくれる。

人間は、弱い生き物だ。
何度自分を叱咤しても弱い方に流れて行ってしまう。
だが、何か成し遂げたいことがあるならば気が遠くなるほどの「当たり前」を積み重ねていかなければならない。
大抵の人間はそのことを理解している。
ただ、理解してもなお多くの人間が積み重ねる作業に耐え切れず、求めた物を手にできず人生を終えていくのだろう。

「強くなるために、当たり前のことをしなくてはならない」
大横綱千代の富士の言葉は、稀勢の里関と現役力士達への叱咤だった。
多くの力士がその言葉を胸に刻んで精進してほしいと望むが、
我々一般の人間も、それぞれの目標に近づくために努力を積み重ねた千代の富士の生き方に習いたいものだ。

 
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<大相撲秋場所>稀勢、綱取り再び 新関脇に高安、宝富士

さ、秋場所の声が聞こえてくる時期になって参りました(#^^#)

行ったり来たり台風が厄介なようですね・・・

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今日から31日くらいまでにはお手元にお届けになるかと思います

今場所もよろしくお願いします(#^^#)

<大相撲秋場所>稀勢、綱取り再び 新関脇に高安、宝富士
毎日新聞 8月29日(月)
 日本相撲協会は29日、大相撲秋場所(9月11日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。2場所連続13勝した後、先場所12勝で綱取りへ望みをつないだ大関・稀勢の里に注目が集まる。また、名古屋場所で10勝にとどまった横綱・白鵬は史上3人目の通算1000勝まで、あと3勝に迫っている。【村社拓信】

 稀勢の里は名古屋場所で平幕に不覚を取った一方、白鵬を破るなど12勝し、秋場所の成績次第で横綱昇進の可能性を残す。横綱審議委員会は昇進の条件に優勝を挙げるだけに、取りこぼしは許されない。名古屋場所後の夏巡業は、右足を痛めて当初休場していたが、途中から参加。綱取りに向けて「常にそういう気持ちはある。しっかり調整していきたい」と調子を上げる。

 先場所は右足親指を痛めるなど本調子が出ず、10勝に終わった白鵬は巻き返しを図る。通算1000勝を序盤に達成し、そのまま波に乗りたい。

 名古屋場所で8回目の優勝を飾った日馬富士は夏巡業も精力的に参加。名古屋場所途中休場の鶴竜も夏巡業終盤に復帰するなど、両横綱も存在感を示す。

 大関陣は琴奨菊が6回目、豪栄道が4回目のカド番。大関2人以上が同じ場所でカド番を迎えるのは、今年春場所の照ノ富士と豪栄道以来。三役は、高安と宝富士が新関脇。先場所関脇で7勝の魁聖は小結にとどまり、3場所連続の三役。栃煌山は3場所ぶりの返り小結となった。

 新入幕はモンゴル出身の千代翔馬と、体重200キロ超の巨漢・天風。千代翔馬は先代九重親方(元横綱・千代の富士)が先月末に亡くなり、現在の九重親方(元大関・千代大海)が部屋を継いで最初の幕内力士となった。

 名古屋場所を全休した安美錦は2004年九州場所、豊ノ島は10年秋場所以来の十両落ち。新十両はいなかった。

 前頭4枚目まで進んだ経験のある舛ノ山は膝のけがに苦しみ、序ノ口に番付を落とした。幕内経験者が序ノ口に陥落するのは、12年夏場所の琉鵬以来、昭和以降で2人目となった。

 
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稀勢の里が取組復帰「ブレなく、いい感じでできた」

そろそろ秋場所の声が聞こえて参ります(^^ゞ

大器晩成、難産の子は良く育つ・・・

楽しみですね(^^ゞ

稀勢の里が取組復帰「ブレなく、いい感じでできた」
日刊スポーツ 8月18日(木)

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夏巡業の稽古で初めて相撲を取り、取組にも復帰した大関稀勢の里

 大相撲の夏巡業は17日、青森県平川市で行われ、右足首痛のため大事を取っていた大関稀勢の里(30=田子ノ浦)が取組に復帰した。
 朝稽古では巡業に復帰した10日以後、初めて相撲も取った。豪風や錦木らを相手に11番、腰を下ろした寄りや強烈な突き、押しで圧倒。「体はしっかりつくっていたからブレもなく、いい感じでできた。だいぶ体の調子も良くなってきた」とにこやかに話した。名古屋場所千秋楽から約3週間、相撲を取らず「あまりない」経験だった。それでも「入院していたわけでもないからね」と焦りも不安もなく、順調に再始動した。

5度目の綱取りに挑む稀勢、名古屋場所以来の相撲で11番全勝「焦らないでやることが大事」

2016年8月18日 5時55分 スポーツ報知

 大相撲の夏巡業が17日、青森・平川市で行われ、秋場所(9月11日初日・両国国技館)で5度目の綱取りに挑む大関・稀勢の里(30)=田子ノ浦=が3週間ぶりに相撲を取った。豪風(37)=尾車=ら幕内力士を指名し11番を全勝。右足首の故障のため巡業序盤を休場していが「体はしっかりつくっていたから、ブレもなくいい感じでできたと思います」と手ごたえをのぞかせた。
 10日から巡業に合流したものの、四股や立ち合いの確認などにとどめていたため、12勝3敗で終えた名古屋場所以来の相撲だった。「(焦りは)全然ない。焦らないでやることが大事」と秋場所に向け、ギアを上げていく。

 
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チョット前に大横綱北の湖関が鬼籍に、そしてまた、大横綱千代の富士の他界。
北の湖関は、チョット時代的に良く知らない。
でも、千代の富士は違う。
私たちの世代はプロレス一色だったのに、首をむんずと掴んで此方を見ろと言われんばかりに振り返ると、そこに筋骨隆々の最強を欲しいままにした千代の富士がいた。

北海道から出てきて、泣きながら稽古をしていたと言う話が小学校の時の自分の胸に響いた。

昨年の土俵入りには、引退した方とは思えない現役を彷彿とさせる体躯に、写真とはいえ驚愕と尊敬で眺めた記憶がある。

その千代の富士が・・・
スグサマあれこれ調べる事もこのようなところに書くことも憚られた、と言うのが正直なところである。

元横綱・千代の富士の九重親方、逝く「日本人が夢を託せる力士、もう出ないかも」〈AERA〉
dot. 8月9日(火)

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1990年の春場所7日目。当時、前人未到だった通算1千勝を達成した千代の富士。19年4カ月での快挙だった/大阪府立体育館 (c)朝日新聞社

 大鵬、北の湖に続き、一時代を築いた大横綱がまた一人、この世を去った。

 千代の富士。「ウルフ」と呼ばれたスターは、バブルの時代にまぶしく輝いた。

 伝説的な年がある。1981年。日本中の相撲ファンの目が土俵のウルフに集まった。

 1月の初場所、25歳の関脇千代の富士の初優勝の期待が膨らんでいた。大相撲担当の駆け出しだった元朝日新聞記者の高橋清太郎さん(72)は振り返る。

「ものすごい人気だった。場所後に『アサヒグラフ』で特集を組むことになっていて、とにかく毎日、コメントをとった」

●世帯数の半分くぎ付け

 1月25日の千秋楽、116キロの千代の富士が、当時27歳ながら20回の優勝を誇っていた横綱北の湖との優勝決定戦を上手出し投げで制し、初優勝を遂げた。テレビ中継は関東地区で世帯視聴率52.2%(ビデオリサーチ調べ)を記録。今も破られぬ大相撲中継の最高記録だ。

 新大関で迎えた3月の春場所は11勝。5月の夏場所は13勝。そして7月の名古屋場所では千秋楽にまた北の湖を破り14勝で優勝し、横綱昇進を決めた。11月の九州場所で3度目の優勝を果たし、81年のうちに関脇、大関、横綱で賜杯(しはい)を手にした。三段跳びで頂点に上り詰めたフィーバーぶりについて聞かれると、こう答えた。

「こんなに痛いものとは、想像していなかったよ」

 高橋さんは言う。

「花道などで肩や背中をパチパチとたたくファンが増えることを、『これも人気のひとつかな』とユーモアを交えて話していた。支度部屋では背を向けてしまう力士もいる中、冗談で笑わせてもくれる。話を聞くのが楽しみな横綱だった」

 北海道の漁村で生まれた。スポーツ万能の中学生は、当時の九重親方(元横綱千代の山)の「飛行機に乗れるぞ」という誘いに乗り、70年に初土俵を踏む。

 相撲ジャーナリストの中沢潔さん(82)は入幕前の印象をこう語る。

「十両時代は細いのにとにかく勝ち方は派手。大きな相手を投げたりね。でもそれが脱臼などのけがにつながった。相撲が体に合わず、でかすぎた」

●驚くほど急な身体改造

 だが、81年に見せたのは、よろいのような筋肉質な体で鋭く立ち、前まわしを持って引きつけて一気に前に出る速攻相撲。力まかせな相撲ではなくなっていた。

 一日500回の腕立て伏せ、肩を柱にぶつけるけいこなどで徹底的に鍛えた。あまりに急な肉体の変化に「筋肉増強剤を使っているんじゃないか」と疑う記者もいたという。

 89年9月の秋場所には、通算勝ち星を当時歴代最多の967に伸ばし、角界初の国民栄誉賞を受賞。その後、星を1045(歴代2位)まで積み上げ、優勝は31回(歴代3位)を数えた。30歳を超えてからの優勝が19回。大器晩成の横綱だった。

 横綱を張って10年。18歳の貴花田(元横綱貴乃花)に敗れた91年夏場所、「体力の限界」と涙ながらに引退を表明した。活躍した時期は好景気に沸いたバブル期と重なる。まさに時代を象徴する横綱だった。

「田舎から出てきて、体も小さい。特別でない境遇の人が頂点を極めようと頑張った。多くの日本人が夢を託せる力士だった。そんなの、千代の富士が最後じゃないかな」(中沢さん)

 偉大な実績から、大鵬、北の湖と同じように一代年寄の名跡資格を与えられた。だが、一代限りの部屋にしたくないと断って師匠の「九重」を継ぎ、後に語っている。

「力士の個性に合った、わかりやすい指導で、よいところを伸ばしていきたい。夢は大きく。ぜひ横綱を育てたい」

 享年61。膵臓がんには勝てなかった。九重の名跡は元大関千代大海が継いだ。第2の千代の富士を育てる夢も、弟子に託された。(朝日新聞スポーツ部・菅沼遼)

※AERA  2016年8月15日号

だから大横綱になれる 白鵬の強さ 一言で表現した九重親方
スポニチアネックス 8月11日(木)

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2010年9月、大相撲秋場所7日目で54連勝を達成し、支度部屋で1988年に53連勝を記録した九重親方から祝福を受ける白鵬

 大相撲の名古屋場所千秋楽から1週間後の7月31日。第58代横綱・千代の富士として31度の優勝(史上3位)を果たした九重親方(当時)こと、秋元貢さんが膵臓(すいぞう)がんで亡くなった。61歳だった。

 今から6年前の秋巡業。相撲担当になって初めて九重親方を取材した時のことが忘れられない。当時、親方は巡業部長だった。その日の朝稽古を総括してもらおうと恐る恐る役員室のドアをたたいた。その瞬間「なんだ!」とすごまれ、思わず親方の前に正座した。そして勇気を振り絞って質問をぶつけると「何も答えることはない!一番強い人(白鵬)が一番(稽古を)やってるんだから。以上!」と吐き捨てるように言われ、すぐさま退室を余儀なくされた。国民栄誉賞を受賞した大横綱のオーラに圧倒されたが、その一言だけで当日の原稿はできあがった記憶がある。

 九重親方はその後も白鵬を評価し続けた一方で、白鵬と対戦する力士に対しては疑問を投げ掛け続けた。「白鵬を倒したいなら白鵬のところに出稽古に行くことだ」。メディアを通じて何度も何度も同じことを言っていた。白鵬は横綱昇進後も巡業で積極的に気になる関取をつかまえては力量をはかり、場所前にも必ず警戒する対戦相手の部屋へ自ら出向いて胸を合わせてきた。その姿勢は31歳となった今も基本的には変わらない。本来であれば格下がやらなければいけないことを横綱がやっている。九重親方は「これでは差が開く一方だ」とぼやいていた。

 先月の名古屋場所前。白鵬は例によって新鋭の御嶽海を目当てに出羽海部屋へ足を運んだ。いざ胸を合わせてみると力の差は歴然で、最後は横綱の強烈な投げによってホープは膝を負傷。そこで稽古は打ち止めとなった。案の定、本場所の初対戦では白鵬が完勝。場所前、百戦錬磨の横綱に心身ともに打ちのめされた若手の御嶽海が勝つことは、やはり難しかった。

 個人的には、たとえ何度も何度も稽古場で打ちのめされても“これでもか”というぐらいに横綱の元に出向いて胸を借りた上で、本場所で真っ向から挑戦するような気骨のある力士が見てみたい。連日のように横綱と胸を合わせることが本場所で一矢報いるための伏線にはなり得る。そして何よりも自らの力量が分かる。「一番強い人が一番やってるんだから」。今後も白鵬が対戦相手の対策を立てるために出稽古を行う度、亡き九重親方の言葉が胸に響くと思う。(鈴木 悟)

 
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