そろそろ相撲懸賞クイズ準備ですよ!!

いろんな興業?の型があるんですね(^^ゞ

そろそろ秋場所の準備です。順次、カタログ、賞品の配送始めております。

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ご応募お待ちしております!

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遠藤が母校・日大をPR 綱引き、お姫様抱っこで盛り上げる
スポニチアネックス 8月26日(水)

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  •  大相撲の幕内・遠藤が東京・台場のフジテレビ前で行われた母校・日大スポーツ科学部開設記念イベントに参加し、綱引きやお姫様抱っこなどで盛り上げた。トークショーでは学生時代について「教職の授業はリポートが多かったので、いつもパソコンに向かっていた」と述懐。

 秋場所(9月13日初日、両国国技館)に向けては「(10勝の)先場所よりいい状態で迎えたい」と意気込んだ。今後は故郷・石川県穴水町で行われている追手風部屋夏合宿に合流する。

「KITTE場所」控え豊ノ島&臥牙丸が爆笑トーク
日刊スポーツ 8月27日(木)20時39分配信

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KITTE内の特設土俵上でトークショーでPRする豊ノ島(左)と臥牙丸

 29日に東京・丸の内のJPタワー内にある商業施設「KITTE」で開かれる大相撲の夏巡業「KITTE場所」を前に27日、幕内豊ノ島(32=時津風)と臥牙丸(28=木瀬)が同施設内の土俵上でトークショーを行った。

 話し上手? とあって、集まったファンを沸かせた2人。地方各地を回った夏巡業の思い出を聞かれると、豊ノ島は「やっぱり北海道。3泊4日だけでたぶん、3~4キロ太ったと思う」。臥牙丸は「札幌で、ジンギスカンがすごくおいしくて2日間行きました。どれくらい食べたかは分からないけど、最後はボタンを押して呼んでも(店員が)来なかった。たぶん『食べすぎでしょ!』とちょっと怒ってたと思う」と笑わせた。

 ファンからの質問コーナーでは「健康のために一般人もした方がいいこと」を聞かれると、豊ノ島は「健康のことは分からないです。どうみても健康体じゃないので」と笑いを誘い「勝つために、無理に大きくしているので、健康のことはどこかで調べてください」とお願い。臥牙丸も「相撲は取らない方がいい。健康にならないです」と付け加えた。

 最後に、恋人の存在を聞かれた臥牙丸は「ボク、よく日本語ワカラナイ」とごまかし、沙帆夫人の手料理について聞かれた豊ノ島は「何でも好きだけど、結婚したころはよくつくってもらったピーマンの肉詰めを、面倒くさいのか、最近はなかなかつくってもらえない」と悲しみ、会場にいた夫人にアピールしていた。

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大相撲、地方巡業も大入り御礼 若貴ブーム並みの日数

プロレスファン、いや新日ファンである私は、

「こんな試合を続けていたら、10年持つ体が、3年か4年しか持た ないかもしれない」アントニオ猪木

って言葉が気になってしまうんです・・・

休むのも仕事ってのがアスリートといいますか、スポーツ選手にはあると聞きます。

興業が大事なのは否定しませんが、このくそ暑い中移動に次ぐ移動でお客さんに朝から晩まで気を使っていて稽古が出来るんでしょうか?
身体休めるんでしょうか?

協会は、本場所でケガをしない為にも力士の身体の心配もお願いしたいな~と老婆心(^^;)

大相撲、地方巡業も大入り御礼 若貴ブーム並みの日数

 本場所の満員御礼が続く大相撲で、もう一つの興行の柱、地方巡業も活況を呈している。八百長問題など不祥事のため、2011年には全面中止に追い込まれたが、この8月の夏巡業は、前年比2・5倍の20日間の長丁場となった。「若貴ブーム」に沸いた1990年代の水準に一気に近づいた。

 福島県南相馬市で11日に開かれた「南相馬場所」。平日にもかかわらず1階席はほぼ埋まり、約2200人が観戦した。東日本大震災で甚大な被害が出た土地。「街が元気になるものを」との声が上がり、21年ぶりに大相撲の巡業を呼んだ。勧進元(かんじんもと)と呼ばれる興行主の中島照夫さん(55)は「やっぱり目の前で見ると迫力が違う。お相撲さんに触れて、交流して、それぞれが力をもらったと思う」と、大入りの会場に感慨深げだった。

■不祥事で不振

 日本相撲協会に正確な資料が残る72年以降では、夏巡業の最多日数は73年と92年の31日間。不祥事からの出直しで巡業を再開してからは、12年が6日、13年は3日、14年が8日と2桁の日数に届かない不振が続いていた。
 それが今年は引く手あまたとなり、春、秋、冬巡業も合わせた年間の開催数で、14年ぶりに計60日を超えそうだ。照ノ富士逸ノ城、遠藤ら若手力士の活躍を追い風に、巡業部長の尾車親方(元大関琴風)は「本場所の客入りが悪い時も親方衆が地道に勧進元をまわっていた成果も出ている」とみる。来年以降の開催希望も多く寄せられ、全ては受けられない状況だという。

 旭天鵬は約23年前、留学気分で5人の仲間と来日した。食事に慣れず、魚は一番苦労した。後援者に招かれ、出てきたのは生け作り。「心の中で泣いたよ、ほんと」。厳しい上下関係にも戸惑い、ホームシックで国に逃げ帰る騒ぎも起こした。
 のんびり屋の負けん気に火がついたのが、1歳上の旭鷲山の関取昇進だった。土俵に真剣に向き始めた。稽古の合間も蹲踞(そんきょ)で休む。基本の積み重ねが、けがの少ない丈夫な下半身を作り、長い手足を生かした懐の深い相撲につながった。

 「天鵬関が我慢して、我慢してやっていなければ我々の道はなかった」と白鵬は言う。そんな何歳も離れた“弟”たちの相談役になる一方、時に友達のように遊び、酒も酌み交わす。気さくな人柄が、大相撲の長い歴史の中でモンゴル勢が一大勢力を築き上げる流れを生み出したのだと思う。
 最後の土俵を終えた名古屋場所楽日。優勝を飾った白鵬から贈られたものは、「兄貴 お疲れ様でした」というメッセージ付きの大きな花束だった。

(巌本新太郎)

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